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ロサンゼルスの思い出

GTAオンライン(Xbox360海外版)の小説化

自転車に乗る

 盗んだBMXで走り出す。のんびりとしたサイクリング。思えばこうして街をゆっくり見ることもなかったな、と、しみじみ思う。ロサンゼルスの低所得者層の生活がつぶさに観察できた。
 汚い洗濯物、電柱に吐かれた吐瀉物、破壊された公衆電話、燃費の悪そうな年代物の車、赤茶色に錆びたまま放置された廃車、古タイヤの山、怪しげな子袋を並べた露店、壁が褪色したクリーニング店、解体されないままのガソリンスタンドの廃墟、タトゥーパーラー、ストリップクラブ。
 そして、高速道路下のデッドスペースで暮らすホームレスたち。ビニールシートで作ったテント、コンロ代わりに使われているドラム缶、どこかのスーパーから勝手に持ってきたのであろうショッピングカート、ショッピングカートに満載されたビニール袋。観光客は決して見ることのない、ロサンゼルスの裏面だ。
 視線をポイ捨てするように路上観察をしながら、俺はペダルを踏む力を徐々に強めていった。文字通り、コンプトンを見捨てた。
 派手にすっ転んでもあまり痛くないことにかこつけて、公道を走りながら、トリック(BMXの技)を熱心に練習した。もちろん、何度も転び、倒れた。頭から地面に叩きつけられたり、肩からアスファルトの上を滑ったりもした。しかし、死を恐れない大胆さで練習したからなのか、俺の運転技術はめきめき上達した。重心を後ろに倒してウイリー状態で走ったり、ジャンプしたり、バニーホップ(ウィリーとジャンプの複合技)をやったりした。しまいには高く高くジャンプできるようになり、プロのBMXライダーのような動きができるようにまで成長した。
 相当な無茶もやった。スケートボードのグラインドの要領で、ガードレールや階段の手すりを滑った。停車中の車にジャンプして乗り、屋根の上で飛び跳ねまくった。しまいには、向こうから走って来る自動車目がけて全力疾走し、タイミングよくジャンプ、ボンネットに乗ることに成功した。──成功するまでに、何度も何度も失敗し、その度に瀕死の重傷を負ったが。
 と、そこへ、同じくBMXに乗ったクソッタレが現れた。彼は俺に気を留めず、ひたすらトリックを決めまくっていた。俺は彼の後を追った。単純に、一緒にサイクリングがしたかったのだ。2台のBMXは前後して同じ方向へと走る。
 彼は正真正銘プロのBMXライダーだったのか、とにかくすごい動きをした。ジャンプしてからの360度ターンをする。傾斜を利用してバックフリップ(後方宙返り)をする。タイヤ幅と同じくらいの細い手すりの上を綱渡りの要領で、しかも路上でのそれとほぼ変わらない速度で走行する。BMXに乗ったまま連続ジャンプで壁を上る。立体駐車場の屋上から飛び降りる(しかも2回転バックフリップのおまけつき)。極めつけは壁面を走る壁走りで、体の軸が地面に対してほぼ平行の状態で数メートルを走り抜けた。信じられない動きだった。地球より強い重力の星からやってきた宇宙人のようだった。俺は彼の動きを真似ようとしたが、たいてい派手にクラッシュした。
 ここロサンゼルスでは、クソッタレはクソッタレを殺す。殺すのが当たり前であり、先に殺さなければ殺されてしまう。そういう社会だ。しかし彼は、金魚のフンのようについてくる俺のことを、微塵も気にしなかった。いつ拳銃を抜くやもわからぬクソッタレが必死こいて追っかけてくるのに、全くの無防備だった。無視しているというより、BMXに夢中すぎて、俺のことなど眼中になかったと言った方が正しそうだった。
 事実、スーパーカーに乗った別のクソッタレが通り魔的に彼を殺したときも、彼は全く怒ることなく、さも「少し転んじゃったよ」とでも言わんばかりに平然とサイクリングを再開した。
 彼にとっては街全体がスケートパークだった。民家の屋根から屋根へと次々に飛び移ったり、貨物列車の荷台に飛び乗った。まるで忍者だった。俺は地上を走行して彼の姿を追ったが、彼が連続ジャンプで高層ビルの壁を上っていった時は、ただ見上げることしか出来なかった。とてもついていけないと思い、俺はあきらめて彼の姿を見送った。最後まで、彼の瞳には俺の姿は映じていなかった。
 俺は自分のガレージまで戻ってきて、自転車を入庫した。