ロサンゼルスの思い出

GTAオンライン(Xbox360海外版)の小説化

車を手に入れる

 この回顧録は、そんなロサンゼルスでの思い出話。もう今後、俺の人生において、あんなに外国人とコミュニケーションを取ることは、まずないだろう。「もう一度訪れたい。あの場所に。」そんな強い欲求がありながら、それを叶えられないフラストレーションから、この回顧録は起筆された。
 どう書くべきわからないが、とにかく書いてみるしかない。俺が実際に体験した、約半年間の出来事を。今でもロサンゼルスはそこにあるが、あの半年間は、2度と戻ってこない。
 借りた車でストリートレースに勝利した俺は、その後どう行動して良いかわからず、サンセット大通りで途方に暮れていた。
 まず、辺りの景色を漫然と眺めた。大通りの両脇には街路樹のヤシの木が一定間隔で立ち並んでいる。まるで樹齢800年のモヤシ。小ぶりのビルほども伸びた先っちょにだけ葉が茂っている。それから、ゴージャスなビルボード看板に目を移し、書かれた英文を必死に読み取ろうと努力した。よくわからなかった。最後に、車道を行き交う車の列をうっとりと見つめた。
 ロサンゼルスは車社会だ。自家用車を持っていないと移動もままならない。魅力的な観光地が多過ぎるため、手持無沙汰にバスや鉄道を待っているのは時間がもったいなさすぎる。それに、路地などを自由に移動することもできない。観光客として数日ふらふらするだけならまだしも、住人として暮らすなら自分の車は絶対に必要だ。
 俺は車を手に入れることにした。と言っても、車を購入できるような大金は用意していない。短絡的な発想だが、その辺を走っている車をカージャックして自分の物にすることに決めた。
 3車線も4車線もある大通りは交通量が多いが、人目がつく上、信号ごとに大渋滞している。カージャックに成功しても速やかに逃走できない。1車線でそこそこ車も通る通りに狩り場を定め、カーブの先に横断歩道があるために車両がスピードを落とす地点で獲物の物色を始めた。
 運転席に注目し、なるべくケンカが弱そうなドライバーを探す。同乗者はいない方がいい。そして、同じリスクなら出来るだけ高級な、かっこいい車が欲しい。俺は慎重に愛車オーディションを開始した。
 これでもない、あれでもない。緑色のセダンはかっこいいけどドライバーが屈強な黒人だ。白いクーペはおしゃれなフォルムだけど家族連れ。グレーのSUV、初老の男が一人で運転しているのは好都合だけど車種が俺の趣味ではない。運送用トラック、論外だ。
 そうして10分ほどヒッチハイカー然として路傍で待っていると、赤いスポーツカーが音も立てず滑ってきた。俺の目は釘付けとなった。あれはいわゆるハチロクというやつではないか。『頭文字D』に出てきた。藤原とうふ店の。しかも目を凝らせば上品そうなマダムがハンドルを握っている。俺は色めき立ち、これぞ天啓とばかりその車に飛びかかった。
「バンッ」
 普通に撥ねられた。当たり前だ。速度を落としたとはいえ車は時速40キロメートルほどで走行中だもの。俺はふっ飛ばされ、路面を二転三転して大の字に伸びた。
 車は急ブレーキをし、10メートルほど先で路肩に寄せて停車した。運転席から慌ててマダムが降りてきて俺の方に駆け寄ってきた。俺は粘着テープにからめとられた人のように重々しく上体を起こし、右手で踏ん張ってよろよろと立ち上がった。
 そして、ロサンゼルスの地での初めての会話。
「大丈夫ですか!?」
「いいえ」
 中学レベルの英会話なら、俺にも聞き取れるし受け答えもできる。
 心配そうにオロオロするマダムを無視し、俺はゆっくりとハチロクに近づいた。マダムは気の毒なほどうろたえながら俺の後に従う。開け放たれたままの左ドアから運転席に無言で座った。無言でドアを閉めた。マダムは状況が理解できておらず、助手席側に回ろうとした。
 俺はアクセルを思いっきり踏み込み、一気に加速してその場から逃走した。ルームミラーの中のマダムの姿は見る見る小さくなっていった。
 俺が奪取した赤いスポーツカーは、信号待ちの列を回避するために対向車線を逆走し、赤信号の交差点に進入した。四方からけたたましく鳴り響くクラクションの波の中を通り抜け、高速道路に上がった。ひた走った。前方を走る車を次々に抜き去った。
 相当な距離を走った時点で、カーナビに自動車修理工場が表示されたので、高速の出口を降りた。ジャンクションの高架下、陽の差さない暗所、いかにも治安が悪そうなガレージに速度を落として入庫した。
 俺は整備士に、身振り手振りで車の塗装と、ナンバープレートの変更を依頼した。料金は不明だったが、足りなければ踏み倒すつもりだった。
 作業は1日掛かるかと思われたが、整備士の仕事は迅速かつ完璧で、赤かったハチロクは青空を思わせるさわやかな青色に変貌。ナンバープレートも全く別の英数字に偽装された。保険にも加入した。さらに、発信器をとりつけてもらったのでスマートフォンのGPSにこの車の位置がいつでも表示されるようになった。そのうえ、料金も格安で、手持ちの現金で充分にまかなえた。
 こうして俺は自分の愛車を手に入れた。前の持ち主が気付く可能性はもはやゼロである。