ロサンゼルスの思い出

GTAオンライン(Xbox360海外版)の小説化

アボット・キニー

 スケートパークの中に自転車やバギーを放置し、俺とウェルカミング・ワンドは馬鹿笑いしながら陸側を散策することにした。
 しばらく歩くと、人工的な小川で仕切られた、ヨーロッパ風高級住宅地となった。ここは「グランド運河」といい、20世紀初頭にタバコの販売で財を成したアボット・キニーという人が、イタリアのヴェニスにあるグランド運河を再現しようと試みた場所だそうだ。ヴェニス・ビーチの名前もこの計画に由来するらしい。一人の男がこんな壮大な都市計画を立てることができたなんて、相当ボロ儲けだったのだろう、タバコ。
 正直、水の都ヴェニスにはほど遠い仕上がりである。「ヴェニスがモデルだよ」と言われてみれば「ははあ。言われてみればそうかもなあ」とほんのり思える程度。それもそのはず、アボット・キニーの計画は途中で頓挫し、水路の多くは埋められたそうだ。
 しかしそれでも、ここは美しい。映画『バレンタインデー』にも使われた場所であり、まさかこんなフィリピン人の男と歩くはめになるとは思わなかったが、女の子とデートしたら最高だろう。運河は碁盤の目状になっていて、川べりには植栽が映える。遊歩道は自動車が乗り入れられない細さで、通行人も多くはない。小さな桟橋に腰かけて地元の人が談笑している。とても閑静だ。俺たちの歩調はゆるやかになる。ここがロサンゼルスであるということを一瞬忘れかけた。それほどまでにヨーロッパの情緒がある素敵な場所だった。
 だがすぐに、けたたましい銃声がここがロサンゼルスであることを思い出させてくれた。
 クソッタレはどこにでも沸く。俺とウェルカミング・ワンドの優雅な散歩を邪魔する、一人の無法者がサブマシンガンを乱射してきた。完全に油断していた俺は、銃を取り出すことも忘れて逃げ惑った。ひとまず安全な場所に隠れようと、建物の陰に身を潜めた。
 応戦するか。否、俺たちは今、そんな気分ではない。
 建物の陰からそっと窺うと、ウェルカミング・ワンドはのんきなもので、プロモーションビデオ撮影さながら水辺をゆっくりと歩いている。俺が「おい、撃たれるぞ!」と叫んで注意を促しても涼しい顔をしている。俺の英語がヘタだから伝わってないのか? 飛び交う弾丸をハエか何かとカン違いしてるのか?
 見ればウェルカミング・ワンドは両手に白旗を握っている。
 あの白旗はなんだろう。「降参」という意思表示だろうか。あれを掲げていれば撃たれないとでも。いやいやいや、ロサンゼルスはそんなに甘っちょろい都市ではない。命乞いをしたところでクソッタレは少しもためらわず引き金を引く。
 案の定、無法者はウェルカミング・ワンドにサブマシンガン銃口を突き付けた。槍をぶっ刺すような勢いで、顔の前に。しかし、弾丸が出ない。弾丸は発射されなかったのだ。白旗を持つ者に対し、発砲を留保しているわけではない。無法者は顔を真っ赤にしており、撃ち殺す気概は害虫駆除業者くらいにみなぎっている。しかし弾丸が出ないのだ。
 ウェルカミング・ワンドから照準をずらすと、サブマシンガンは再び火を噴いた。銃が故障しているわけでもない。連射状態を持続したままウェルカミング・ワンドに的を絞っても、弾丸はそれた。まるでバリアに守られているようだった。
 ウェルカミング・ワンドはニコニコしながら俺に近づいてきた。その背後には無法者が、サブマシンガンを構えたまま、口汚い言葉を吐き散らしながらついてきた。
「君も白旗を持て。敵の攻撃が当たらなくなる」
 言われたとおりにしてみる。無法者は俺の姿を見るなり面舵いっぱい、銃口をこちらに向けてきたが、やはり弾丸が肉を裂くことはなかった。なんだこれは、何のおまじないだ。
 ウェルカミング・ワンドが説明してくれる。
「白旗を持っているあいだは不死身だ。だが、両手がふさがっているので、こちらからも相手を攻撃することはできない」
 こんなすごい防御法があるなら、最初に教えてほしかった。無駄死にする機会もだいぶ減ったろうに。
「行こう」
「ああ」
 無法者を完全に無視し、俺たちは散歩を続けた。無法者は怒り狂いながら、どこかに全速力で走り去って行った。
 俺たちは太陽の沈む方向へとチンタラ歩き、「アボット・キニー大通り」に出た。ヴェニス・ビーチに、グランド運河。この辺はアボット・キニーまみれだ。この大通りは、オシャレなカフェやレストラン、アパレルショップや雑貨屋が並び、ハリウッドセレブも多数訪れる人気スポット。わくわくしながらぶらついた。
 すると。
 背後から1台のタクシーが猛スピードで突っ込んできた。ウェルカミング・ワンドは間一髪よけたが、俺はダルマ落としのように撥ねられて即死した。
 薄れ行く意識の中で、ウェルカミング・ワンドが笑いながら説明してくれた。
「言い忘れてたけど、車にひかれたらダメージを受けるし、最悪死ぬ。車に乗ってる最中に撃たれても死ぬ。それから、警察の弾は当たる」
 早く言ってほしかった。ていうかなんで笑ってる。

ヴェニス・ビーチ(後編)

 俺とウェルカミングワンドは気ままに自転車を漕いだ。このサイクリングロードをずーっと辿っていけば、最終的にはサンタモニカ・ピアに到達する。
 俺たちは陸側に建ち並ぶ土産屋を、一軒一軒チェックし、気になる店には立ち寄った。帽子やサングラスを選んだり、タトゥーを入れたり、マリファナを買ったりした──こう書けばちょっと引かれるかも知れないので、少し解説しておく。タトゥーは本格的な彫り物ではなく、「ヘナ・タトゥー」という植物由来の染料でプリントするもの。1週間ほどで消える。また、マリファナはいわゆる医療用大麻で、カリフォルニア州では合法。本当は処方箋が必要だけど、ウェルカミングワンドがどうにかしてくれた。察してほしい。
 そして、マスク屋があった。レトロプロダクトの友達がかぶっていた、情けない表情の豚マスクが陳列してある。ヤツはあのマスクをこの店で買ったのだ。
 興味のなさそうなウェルカミングワンドを少し待たせて、俺は自分に合ったマスクを物色した。キツネ・サル・アライグマ・フクロウ。ガイコツ・悪魔・ホッケーマスク……。俺は灰色の猫を選んだ。お面のようなチャチな造りではなく、顔全体をすっぽりと覆う、しっかりとしたマスクだった。俺はすっかり猫人間と化した。ウェルカミングワンドは爆笑して、俺の全身を写真に収めた。
 陽が高くなってきた。空気が太陽の子どもたちで満たされる。この辺りは1年のうち340日が晴れだともいう。俺たちは再び自転車にまたがり、水中を歩くようにペダルを踏んだ。
 サーフボードショップ、カフェ、レストラン。海の家相応の小ぶりな店を横目に見ながら進む。と、前方に石造りの囲いが見えて来た。囲いの中には筋骨たくましいマッチョたちがウヨウヨ。砂浜にしつらえられたその施設は、通称「マッスル・ビーチ」と呼ばれる屋外ジム。鉄棒・ベンチプレスマシン・バーベル・エアロバイクなどが青空の下に設置されており、筋肉自慢がこれ見よがしに筋トレをしている。周りから丸見え。己の肉体にかなり自信がないと恥ずかしくてやってられない。逆に言えば、ナルシスト的な自信があるからこそ、他人に見せびらかしたいのだろう。確かにどいつもこいつも漫画みたいなシックスパックだ。
 何となく腹が立った俺たちは、囲いを乗り越え、マッチョたちに素手で殴りかかった。どうせ見せかけだけの筋肉だろう。俺たちの方が強いに決まっている。
 と思ったら、きゃつら、思いのほかケンカも強かった。無礼極まりない乱入をしてきた道場破りに対し、マッチョたちは一致団結して立ち向かった。俺は四方八方からパンチを浴び、意識が飛びそうになった。やばい。このままでは殺される。
 業を煮やしたウェルカミングワンドが、ショットガンを取り出してぶっ放した。俺の至近距離でパンチを繰り出していた黒人が後方に吹っ飛んだ。阿鼻叫喚。マッチョでも逃げ惑うんだなあ。どれだけ筋肉で武装しても、生身の人間は銃には勝てないということだな。パニックになったヴェニス・ビーチ。さして気にすることもなく、自転車にまたがり、散策を再開する。
 その先にはスケートパークがあった。本来はスケートボードのためのバンクであるが、BMXをレンタルしてきたウェルカミングワンドは、一目散に飛び込んでいった。子どもがプールを見つけてはしゃぐ姿と変わりなかった。俺のレーサータイプの自転車ではちょっと無理そうだ。平坦な道には強いが、ここまで傾斜のついた曲面では楽しめそうにない。BMXが跳ね回ったりレールスライドする様子をただ見守っていた。
 しばらく眺めていたが、退屈そうだと思われたのだろうか。ウェルカミングワンドは戻ってきて、BMXを貸してくれた。そして、どこかに走り去って行った。
 いつも悪いなあ。そう思いながら、俺は無邪気にスケートパークの中を走り回った。
 数分後、ウェルカミングワンドが戻って来た。どこで調達したのか、最初のとは別のライフガード用バギーで、バンクの中に飛び込んで来た。
 俺たちは正午近くまでスケートパークで危険なじゃれ合いを繰り広げた。

ヴェニス・ビーチ(前編)

 どんどん輝きを増す太陽の方角へ、ボートは走る、波の上を跳ねる。左にはサンタモニカ・ビーチ。風が気持ちよい。パンツまでぐっしょり濡れた体が、たちどころに乾いていく心地だ。
 途中、ウェルカミングワンドは操縦を交代してくれた。ボート童貞だった俺は、彼から懇切丁寧な説明を受けた。車と違ってとにかく小回りが利かない。発進も停止も時間が掛かる。最初は悪戦苦闘したが、半時もしたらコツを掴んだ。接岸が一番難しいらしいが、それはベテランに任せれば良かろう。もしくは船を乗り捨てれば良いのだ。
 なおもボートは東へ。サンタモニカ・ビーチとの境界線はよくわからないが、この辺りはヴェニス・ビーチというそうだ。陸上には怪しげなお土産屋さんが立ち並んでいる。
 そんなヴェニス・ビーチにも終わりが見えて来た。砂州は左に折れていて、その先は堤防で区切られた水路。水路の奥は、人口の港としては世界最大級のヨットハーバーMarina del Reyがあり、1万隻にも及ぶヨットやクルーザーが停泊しているらしい。今回はそこには行かず、ウェルカミングワンドの指示に従い、砂浜にボートを突っ込ませる。砂地に深々と突き刺さる船の舳先。どうすんだこれ。知らないぞ。
 砂浜に降り立つと、ライフガードの番所がぽつんと建っている。海難救助をする監視員が休憩をするのだろう、小高くなった作りの小屋だ。
 この小屋のそばに、ライフガード用のバギーが駐車されていた。当然、ウェルカミングワンドはこれを拝借した。2人乗りをしようと試みたが、後部座席が、ない。しばらく試行錯誤したが、2人乗りはあきらめた。
 ウェルカミングワンドは俺を置き去りにし、砂塵を巻き上げながらお土産屋へと驀進していった。俺は少しムッとしながら、バギーの残した轍を辿った。砂に足を取られてうまく走れない。息が切れる。くされふぁっく。
 建物の陰、ウェルカミングワンドが停車している場所までようやく来ると、そこはレンタサイクルで、彼は自転車にまたがっていた。
「俺はこれに乗るから。おまえはバギーに乗るといい」
 くされふぁっくって言ってごめんなさい。
 ヴェニス・ビーチはストリートパフォーマー発祥の地。ストリートミュージシャンが多く集まる。しかしパフォーマンスが許されているのは朝9時から。今現在、音楽家の数はゼロだ。
 サイクリングロードが整備されていて、早朝から自転車愛好家がサイクリングを楽しんでいる。バギーも走って良いのかわかりかねるが、すれ違う人々の表情から察するに、たぶんダメなのだろう。俺は義兄弟を追随しているだけで、悪気はないので許してほしい。
 ジョギングをしているおじさんたち。たいていはベースボールキャップにスポーツサングラス、そして上半身裸だ。
 何人か轢いた。悪気はなかったが、いかんせん早朝なのに人が多い。これ以上騒ぎを起こすと警察に通報されそうなので、俺はバギーを降りた。ちょうどレーサータイプの自転車が通りがかったので、三沢光晴ばりのエルボーを食らわしてこれを奪った。

サンタモニカ・ピア/観覧車

 ジェットコースター。意外にもなかなか飽きない。童心に帰った俺たちは、階段を駆け上がり、踊り場に引っかかった邪魔なバイクを乗り越え、乗り場に走った。
 ジェットコースターはまだ走行中で、乗り場に到着していなかった。何を思ったのか、ウェルカミングワンドはレールに下り、ジェットコースターを待ち構えた。ジェットコースターは減速しながらプラットフォームに入って来る。止めてみせる気なのだろうか。
 無謀な男気もむなしく、哀れウェルカミングワンドはあっけなく車体に轢かれた。レールと車体の間、車輪と車輪の間、どうしても引っこ抜けないスペースにはまり込んで下敷きになり、びくびく痙攣を始めた。俺はどうして良いかわからずただただ慌てふためいた。珍しい光景なのでとりあえず記念撮影をしておいた。
 異物が挟まったからだろうか、自動運転のジェットコースターはその後まったく発進しなくなった。ウェルカミングワンドはなかなか絶命せず、かと言って救い出す手立てもなかった。彼はいつ終わるとも知れぬ地獄の苦しみにもがいていた。
 しまいには、「殺して」と言われた。
 俺はためらった。人殺しはしない主義だし、しかもそれが義兄弟を標的にしてのことならなおさらだった。
 しかし、どうしようもない。このまま手をこまねいていても、彼の苦しみは増すばかりだ。
 俺はピストルを構え、彼の顔に照準を合わせた。彼はもがき苦しみながらも、コクリとうなずいたように見えた。俺は目をギュッとつぶって、引き金を引いた。
 乾いた銃声がした。真っ赤な液体によって彼のミラーサングラスは光沢を失った。
 嫌な気持ちが胸の中にぱぁっと広がって黒く凝固した。かつてこの桟橋の真下で、十把一絡げのストリートギャングどもを皆殺しにした時には、決して味わうことのなかった罪悪感。生きた人間を殺めてしまった感触。手が震えた。人ひとり殺すということがどういうことなのか、初めて実感できた。
 ウェルカミングワンドの遺体は消えた。俺は申し訳ない気分で黙祷をした。
 何事もなかったかのようにウェルカミングワンドは乗り場に戻って来た。そういう結果になるとわかっていながら、俺の嫌な気持ちは消えなかった。怒ってないかな。俺の気持ちを察したのか、ウェルカミングワンドは敬礼をした。それでも居たたまれなかった俺は、自分のこめかみに銃口を押し当て、引き金を引いた。薄れ行く意識の片隅で、ウェルカミングワンドが右手で顔を覆って嘆く姿が見えた。
 意識を取り戻すと、ウェルカミングワンドは駆け寄ってきて、俺がしたように、拳銃自殺した。気にしてないという意思表示なのだろう。いい人だ。お互い英語が不器用で、言葉によるコミュニケーションは苦手だが、心の底で通じ合えた気がした。
 その後、男二人で乗るのもどうかと思ったが、観覧車に乗ることにした。この観覧車は車輪の外郭でものすごいネオンを振り回しており、電光がまばゆく周囲のアミューズメント施設──ゲームセンター・お土産屋さん・水族館を照らしている。ちなみに世界唯一の太陽光発電観覧車だそうな。
 ゴンドラは徐々に高度を上げていく。無人のジェットコースターが時折そばを通る。長大なサンタモニカ・ビーチが視界に伸びていく。東の空がオレンジ色に変じ、太陽がのっと姿を現す。こんな最高のシチュエーションでご来光を拝めるとは。本当に幸せだ。俺はウェルカミングワンドに「富士山から眺めた日の出に匹敵する」と話した。ウェルカミングワンドは小首を傾げて笑っていた。どうやら富士山を知らないらしい。
 世界は見る見るうちに明るくなっていく。夜明け。ゴンドラが地上部分に戻って来る頃には、ロサンゼルスはすっかり朝を迎えていた。
 観覧車を下りると、ウェルカミングワンドは陸を背にして桟橋を走り始めた。桟橋は海上を100メートル以上伸びていて、突き当りのデッキには2階建てのレストランとハーバーオフィスが建っている。
 俺たちはデッキの突端まで来た。釣り竿が何本も固定されている。太平洋の雄大な眺め。朝まだきの時間だからか、地元のサーファーでさえ波と戯れていない。ビーチに花開くパラソルの数もまばらだ。ヨットやボートが波間に揺れているのは見える。
 ウェルカミングワンドは突然、桟橋を乗り越えて眼下の海に飛び込んだ。この男、それほど暴力的ではないが、本当にクレイジーだな。少し躊躇してから俺も後に続いた。
 水柱。弾力。世界が青くなる。都会に近いわりには、非常にきれいな海だ。水中で、ウェルカミングワンドのワインレッドの背中がチラリと見えた。彼は海上に上がっていき、一隻のモーターボートに接近した。何をするのだろう、だいたい予測はつくが。
 案の定、彼はボートによじ登り、持ち主を海へ叩き落とした。慣れた手つきで操縦し、俺の元にやってきて乗せてくれた。

サンタモニカ・ピア/ジェットコースター

 気が付くと、知らない病院の前に立っていた。大脳が蜂にたかられたように痛む。酔いつぶれて気を失っていたようだ。GPSマップを確認すると、現在地はミッドウィルシャー。ウェストハリウッドのシエラ・タワーからずいぶん離れた場所に搬送されてしまった。シエラ・タワーの辺りを検索すると、パワーヒッターを筆頭におびただしい数のクソッタレがマンションに凝集している。きっとパーティーを続けているのだろう。俺もいつか、あんな高級マンションに住める日が来るのだろうか。
 シエラ・タワーに戻る労を厭って、病院前でタバコを吸いながらスマホをいじった。不動産のサイトを閲覧し、シエラ・タワーの購入金額を知る。意味不明な笑みがこぼれた。無理だ。
 その後、フェイスブックツイッターに夢中になっていると、コミカルなクラクションが目の前で鳴った。驚いて顔を上げると、ワインレッドの革ジャン、ミラーサングラスにオールバックの男が、バイクにまたがってこちらを見ていた。ウェルカミングワンドだ。
 俺は再会の嬉しさに歓声をあげながら、後部座席にまたがった。バイクはすぐさま猛発進し、サンタモニカ大通りを西進する。
 辺りはまだ暗い。カクテルビームが断続的に俺たちを舐める。アルコールの抜け切らない頭には、路面のきらめきが真っ昼間の太陽のようにまぶしかった。
 やがて次第に潮風の匂いが強くなる。突き当りを左折すると、海の上にまばゆく回転するネオンが見えて来た。サンタモニカ・ピアの上にある遊園地、パシフィック・パークの観覧車だ。
 バイクは速度を落とさず桟橋を進む。観光客を何人か撥ね飛ばし、ジェットコースターの下まで来ると、そのまま乗り場への狭い階段をのぼり出した。ちょっとそれはさすがに無理だろう、いかにウェルカミングワンドがバイクの達人だと言っても。案の定、踊り場で曲がり切れず引っ掛かり、乗り捨てるはめになった。
 ビビりまくる係員を尻目に、俺たちはジェットコースターに搭乗した。乗客は俺たち2人しかいない。発車のベルが鳴り渡り、車体はゆっくりと動き出した。ガタン、ゴトンとレールを鳴らしながら、傾斜のきつい坂をゆるゆる上っていく。ウェルカミングワンドはもう諸手を上げている。いや、まだ早いだろ。
 ライトアップされた坂を車体はあえぐようにして上り続け、頂上付近に至り、力尽きたかのような速度になった。夜の頂が黒くなった。と次の瞬間、ものすごいスピードで滑降を始めた。──ものすごいスピード。さっきまで乗っていたバイクの、3分の1ほどのスピードだったが。
 ジェットコースターはアップダウンを激しく繰り返し、速度を落とさず急カーブを曲がった。俺も恐る恐る安全バーから手を放し、横Gに身を預けた。俺たちはバンザイ状態でキャアキャアはしゃいだ。ネオンをぶん回す観覧車が右方向に映じた。
 きいいいい、ブレーキ音が軋み、乗り場に到着した。安全バーがあがり、クタクタになった炭鉱夫のように車体を降りた。楽しかったねえ。俺はニコニコしながらウェルカミングワンドを見た。するとやっこさん、係員に銃を向け、追っ払った。俺に対しては優しいから忘れていたけど、彼は根っからのロサンゼルス住民だった。クレイジーなクソッタレだった。
 彼はコントロールパネルを操作し、一定間隔で自動的に発車する設定にした。そうして、車体の前部に「直立」した。馬鹿じゃなかろうか。これくらいしないと、満足できるスリルを味わえないほど、危険に鈍感になっているのだろう。仕方なく、俺もまねをした。もっとも、俺は彼ほどの馬鹿をする勇気がなく、座席に立ったが。
 自動運転により、発車ベルが鳴り響き、車体は動き始めた。急な傾斜に耐え切れず、ウェルカミングワンドはすぐにぶっ倒れた。張り付いたスルメみたく車体にでろりと横たわり、起き上がれなくなった。身体の自由が利かないのでパニックに陥りわめいていた。助けてあげたいところだが、あいにく俺だって自分のことで精一杯だ。足がガクガク震えている。手を貸すこともできず、ただ大笑いをした。
 車体は無慈悲に坂を上り続け、一瞬停止しかけて、次の瞬間には最高速度に達した。こええええええええ!下ったあとはすぐ上りになる。俺は前後にバランスを取って必死に耐えた。仰向けにへばりついたウェルカミングワンドも、アップダウンは乗り切ったが、最初のカーブで投げ出された。「No~」という悲鳴が地上に降下していった。俺は涙が出るほど笑った。それで油断して、次のアップダウンで俺も振り落とされた。
 おのおの乗り場に戻ってくると、ジェットコースターはきちんと停車位置に収まっていた。間髪を入れず発車ベルが鳴ったので、急いで搭乗しようとしたが、車体は無慈悲に動き始め、俺たちは振り落とされた。無人の乗り物はロサンゼルスの闇夜に吸われていった。俺たちは笑い合った。そして、車体を追うようにレールを駆け上がった。なんとか追いつこうとしたが、ジェットコースターは猛スピードで駆けて行った。レールがガタゴト言う音が遠ざかっていく。
 坂の頂上に立ち止まり、絶景を見回した。観覧車のネオンは風車のように高速回転し、けばけばしいまでのサイケデリックな光をウェルカミングワンドのミラーサングラスに投じている。東の水平線からは紫色の空が滲み出して来ている。夜明けが近いのだろう。辺りは静かで、砂浜を丁寧に洗う波の音と、風の音と、足下の遊園地で遊ぶ楽しそうな声が聞こえてくるばかりだ。
 ああ、幸せだなあ。ぼくはほんとうにロサンゼルスに来てよかったなあ。俺たちはレールの頂上でスナックをむしゃむしゃやりながら、サンタモニカの夜景を飽くことなく見つめていた。
 と、そこへ、自動運転のジェットコースターが通りかかった。俺たちは地上へはたき落とされた。